こんにちは。
自転車競技コーチのとおる ( @toruito16 )です。
こちらのブログでは、ロードバイクのポジションについて解説しています。

ポジションについて悩んでいます。
サドルの高さについて教えてください。
以上のように、サドルの高さについて考えている方のご質問にお答えします。
✔︎この記事の内容
・ サドルの高さ がもたらす影響
・ サドルの高さ の歴史
・ サドルの高さ の算出方法
サドルの高さがもたらす影響について

ロードバイクでは、膝の痛みに悩まされる方が非常に多いと言われます。
長時間を高速域で乗り続ける競技的なサイクリストですら、膝の痛みを訴える選手は6割程度いるという報告もあるくらいです(M Silberman .2013) 。
そうした膝の痛みの原因はさまざまありますが、ペダリングにおける膝関節の剪断力や大腿四頭筋への負荷の大きさが原因であると考えられていて(TE Johnston , 2017)、サドルの高さが関与していると言われています。
また、膝の痛みだけでなく、サイクリングエコノミーを中心としたパフォーマンスにも関与していると考えれていますが(W Peveler,2011)、サドルの高さが与えるさまざまな影響は、今もなお研究し続けられています。
そうした研究に関する論文を読み解いていくと、現段階では下死点で膝関節の屈曲角度が25度から35度になるサドルの高さが、膝関節への負担を抑えつつ、サイクリングエコノミーを高めてくれるのではないかと考えられています。
ここで、サドルの高さと膝の怪我およびパフォーマンスに関する歴史を辿ってみましょう。
サドルの高さの計算式の歴史

サドルの高さについては、昔からさまざまな研究者やサイクリストたちによって、膝の痛み・パフォーマンスという観点から考えられてきました。
ここで、サドルの高さに関する研究の中で、歴史が動いた(?)と考えられる節目ごとの考え方とその進化論を紹介したいと思います。
XXXX年 : ヒール ・ トゥ法
いつ・だれが提唱したのか記録は残されていませんが、サドルの高さを決める際に世界中で最も多く使われているであろう簡易的な方法に、ヒール・トゥ法があります。
これは、ペダル軸にカカトを合わせた状態でサドルにまたがった時、膝が伸び切る高さにサドルを合わせる方法です。おそらく、ロードバイクやクロスバイクを購入した時に、多くの方が経験されたのではないでしょうか。
このヒール・トゥ法の有効性について明記された論文はありませんが、いまだに活用されています。
1967年 : ヘムリー法の誕生
サドルの高さとパフォーマンスについて触れられている論文のなかで、おそらく最も古いと考えている論文にて提唱されている方法に、ヘムリー法があります。(EJ Hamley,1967)
ロードバイクのパフォーマンスを最適化した結果、下死点のペダル表面からサドル上部までの距離が、股下の長さ(cm)の109%が最も効率がいいのではという考えに基づいて提唱された理論です。
このヘムリー法が誕生した後から、股下の長さ = サドルの高さを基準に、サドルを上下しながら比較しながら膝の痛みやパフォーマンスについての研究が進み始めました。
1990年 : レモン法の誕生
ヘムリー方が誕生してから20年以上の時が経ったとき、ツール・ド・フランスを3度総合優勝したグレッグ・レモン選手による股下に係数を掛け合わせるレモン法が誕生しました。(G LeMond,1990)

レモン選手は、SRM(パワーメーター)を活用したパワートレーニングを早くから取り入れるなど研究熱心な一面があり、ポジションに関しても独自のノウハウを数多く生み出したとされています。
そんな彼は、股下の長さ(cm)に0.883という係数を掛け合わせてサドルの高さを出すという方法を編み出しました。この方法には、ツール・ド・フランスを優勝したレモン選手が提唱したことにより、世界中のサイクリストが注目し、メディアでも取り上げられるようになりました。
1994年 : ホームズ法の誕生
レモン法が誕生してから4年が経ったとき、膝関節の角度に注目したホームズ法が考案されました。(JC Holmes,1994)
これは、膝や腰を痛めにくいポジションを研究した結果、下死点での膝関節屈曲角度( KFA : Knee joint Flexion Angle )が25度から35度の間になるサドル高さが、最も関節に負担がかからないと考えられた理論です。
KFAが25度よりも緩い(サドルが高い)と、ハムストリングが引っ張られすぎて骨盤が左右に動いて代償動作につながり腰を痛めてしまうことや、35度よりもキツイ(サドルが低い)と膝関節への負担が大きくなり痛みが発生してしまうことが示唆されています。
この理論は、2022年現在までに発表されているサドルの高さにおける様々な論文の基本的な考え方となっています。
2005年 : ペベラーの研究 (序章)
2005年から、ペベラー博士によってサドルの高さに関する考え方が徐々に固まってきます。
ヒール・トゥ法 / ハムレー法 (股下 × 1.09) / レモン法 (股下 × 0.883 ) に基づいて算出された下死点でのKFAが、ホームズ法の提唱するKFAが25度から35度に収まるかどうかを調査した論文を出しています。(W Peveler,2005)
結果として、55から70%程度は当てはまると考えられると同時に、パフォーマンスを求めるためにはハムレー法(股下×1.09) を、膝を痛めやすい場合はホームズ法(KFA25度から35度)が効果的であると示唆されています。
2007年 : ペベラーの探求 (結論)
サドルの高さを比較した論文を出してから2年後、ペベラー博士は更にサドルの高さの研究を進めました。
無酸素領域で KFA25度 / KFA35度 / 股下 ×1.09 の3つを比較した結果、ハムレー法はホームズ法に比べてパワーが低下していること(W Peveler,2007)、さらにはKFA 25度を基準として、KFA 35度と股下 × 1.09 に比べて酸素摂取量が低い(エネルギー効率がいい)こと(W Peveler,2008)や、無酸素領域で発揮するパワーが高いこと(W Peveler,2011)が示唆されています。
このことから、現在ではパフォーマンスを求めるならばKFAを25度を基準としつつ、膝の怪我が心配であればKFAを25度から35度の間におさまるようにサドルの高さを調整しましょう、とホームズ法の有効性を確固たるものにしたと考えられます。
一方、このころから並行するように別の視点での研究も進み始めました。
2012年以降 : いろんな研究が進む

ペベラーがホームズ法の有効性を示したことで、サドルの高さに関する論文はホームズ法を基準に考えられるようになりました。
しかし、2012年以降は、サドルの高さという一つの因子にフォーカスした研究ではなく、パフォーマンスやカラダの痛みはサドルの高さ + α で効果的であると考えられるようになり始めました。
フィッティング理論の誕生です。
その結果、サドルの前後やクランク長、クリート位置を合わせたポジションから膝の痛みを研究したり(TE Johnston,2017) 、サドル周りだけでなくハンドルやステムの長さといった全体的なポジションから膝の痛みやパフォーマンスについて研究されるようになりました (S Jeroen,2019)。
こうした研究により、バイクフィッティングの技術・理論が大きく進化し、今ではサドルの高さだけで評価するということはほとんどなくなりました。
更に、2022年現在では、機材の進化とパフォーマンスの観点から、人体構造だけでなく空気抵抗についても触れられるようになるなど、フィッティング理論は更なる進化を進めています。
そのため、一概にサドルの高さはこれが正解だよ、と言えることはほとんどなくなりました。
2022年 : 計算式が出来上がる
今なお、複合的な因子が複雑にからまるポジションは、少しずつ進化を遂げています。
ですが、膝の痛みという研究に関しては、サドルの高さを中心にしつつ、サドルの前後位置やクランクアームの長さを変えるなど、異なる条件でペダリングをおこない、どのように負荷がかかるかという研究をされています。
そんな中で膝に負担がかからないための理想的な関節角度(25度から40度)に基づいた計算式が算出されていました( AG Anthony , 2022 )。
それが以下の式になります。
【サドルの高さの計算式】
>> AG Anthony の論文
⚫︎ 最小膝屈曲角度から算出
7.41 + 0.82(股下/cm) – 0.1(最小膝屈曲角度/°) + 0.003(股下/cm)(シートチューブ角度/ °)
⚫︎ 最大膝屈曲角度から算出
41.63 + 0.78(股下/cm) – 0.25(最大膝屈曲角度/°) + 0.002(股下/cm)(シートチューブ角度/ °)
とはいえ、実際に測定して割り出された数値に基づいてサドルの高さを合わせてみると、高く感じる方が多いと思います。これは研究対象者が、アメリカ人だったからではないかと考えています。人種によって身長に対する四肢の長さだけでなく、大腿骨と脛骨の比率が異なるため、当てはまらない方が多いかもしれません。
よって、この計算式が万人に(日本人に)当てはまるとは限りませんが、下死点でKFCがクリート・サドルの前後位置・クランク長を合わせて考えて25度から40度の間に収まるサドルの高さを探すことは、膝の痛みを改善するためのヒントになるのではないかと考えられます。
本記事のまとめ
サドルの高さに関する研究は、最低でも今から55年以上も前から進んでいました。
膝の痛みやパフォーマンスには、サドルの高さが大きく関係しており、2010年代前半までは下死点での膝関節屈曲角度が25度から35度であることが理想とされていましたが、今ではサドル単体の高さではなくクリート位置やクランク長、サドルの前後だけでなく、ハンドルやステム長なども考えた全体的をみたポジションで考える必要があると言われています。
そうした全体をみた中で、複数の因子を絡めて調査した現状では、下死点にて膝関節屈曲角度が25度から40度程度の間に収まるサドルの高さが膝に負担が少ないと考えられていますが、この考え方もまた何年か経過して変わる可能性があるかもしれません。
ということで、膝の痛みやパフォーマンス向上を考えたときは、サドルの高さから自身でどうにか解決するというのは非常に難しいと考えられるため、素直に一度フィッティングを受講するという選択肢を取るのもいいのではないかと思います。
私もフィッティングを行なっておりますので、お近くで興味のある方は以下よりお問い合わせください。
⚫︎ 「ポジションを見直したい…」 とお考えの方は >>フィッティング
⚫︎ 「カラダを見直したい…」 とお考えの方は >> パーソナルトレニング
をオススメいたします。
本記事では、膝の怪我予防やパフォーマンスについてのサドルの高さについて触れましたが、仮に慢性的な痛みである場合は、ポジションをいじるだけでは改善されないこともありますので、お近くの医師の診断に基づいて改善していきましょう。
この記事が少しでもお役に立てたら幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
⚫︎ (M Silberman.2013) Bicycling Injuries
⚫︎ (TE Johnston,2017) The Influence of Extrinsic Factors on Knee Biomechanics During Cycling : A Systematic Review of Literature
⚫︎ (W Peveler,2008) Effects of saddle height on economy in cycling
⚫︎ (EJ Hamley,1967) Physiological and postural factors in the calibration of the bicycle ergometer
⚫︎ (G LeMond,1990) Greg LeMond’s Complete Book of Bicycling. 1st ed. New York (NY)
⚫︎ (JC Holmes,1994) Lower extremity overuse in bicycling.
⚫︎ (W Peveler,2005) Comparing methods for setting saddle height in trained cyclists.
⚫︎ (W Peveler,2007) Effects of saddle height on anaerobic power production in cycling.
⚫︎ (W Peveler,2011) Effects of saddle height on economy and anaerobic power in well-trained cyclists.
⚫︎ (S Jeroen,2019) Cycling Biomechanics Optimization-the (R) Evolution of Bicycle Fitting
⚫︎ (AG Anthony,2022 ) Equations to Prescribe Bicycle Saddle Height based on Desired Joint Kinematics and Bicycle Geometry